世界のフォトアートマーケットへ-2:写真家 吉田 繁

写真家:吉田 繁

「世界のフォトアートマーケットへ-1」 に引き続いて世界のフォトアートマーケットに関する事を書いていこう。

海外で通用する作家としてのやり方、作品作りを考えていきたいと、SAMURAI FOTO( https://samurai-foto.jp )という団体で活動している。SAMURAI FOTOは海外のアートマーケットを目指しているグループで、かれこれ7、8年になる。海外アートマーケットに向けて活動を続けているので、そこで日本人作家たちがやってきたことの経験値と、同じように海外のマーケットを目指す多くの写真家を見てきた経験値から僕なりの意見を考えたい。

 

海外レビューと必要な要素:

簡単に海外との接点を作ることができるのは、やはり欧米では一般的なフォトレビュー(Photoreview)に参加することだ。そこで写真を見てもらい、アドバイスをもらい、そこでできた人間関係を伸ばし発展させる。僕も基本はこの路線。
参加するにあたり、写真家が用意するものは「そのまま海外のアートマーケットに通用する要素」といっていい。その準備を中心に考えると、必要なものをざっくり羅列するとアーティストステイトメント、CV(略歴書)、コンタクトインフォメーション、ホームページアドレス、簡単なコンタクトシート、名刺がわりのポストカード、などが挙げられる。

順番に説明すると一番大事なのは、アーティストステイトメントだ。こういう考えでこの写真プロジェクトを作りましたということを書いたものだ。これは、日本人にとって、最も欠落していると思うので、あえて一番にあげた。思想とビジュアルはフォトアートのジャンルでは両輪のようなものだ。一輪車状態で成果を出している人もいると思うが、音楽でいうと歌詞の内容とメロディーみたいな関係だろうか。やはりバランスが大事だと思う。

ここで大事なのは独りよがりにならないことだ。このあたりがとても難しいのだが、共感できない独りよがりは、単なるあなたの勝手でしょになり、共感できる独りよがりは、普遍性を持つ。単にきれいな文章はそんなに意味を持たない。要は内容なのだ。写真を撮ることと、アーティストステイトメントを作るのは、別の脳を使う作業なので、なかなかハードルが高く、また、単に自分本位になるものが多い。SAMURAI FOTOではこれの添削をしている。その後で、みんなの前で発表し意見を出し合う。それを見ていての僕の印象は、初心者は、そもそも思想になっていない。単なるビジュアルの説明だったり、思想をまとめたようで、共感が持てるようになっていない至極、個人的なもの。添削やメンバーの周りでの発表の意味は、最初はその意味合いを知って もらうことだが、実は、思想を探すことでもあるだ。添削のやりとりで、自分ではうまくまとまったと思っても何回も書き直しを促されることもある。逆に本人が本意ではないことをいっぱい指摘された方がが良い結果を生むことも多い。

わかりやすいように説明すると、メーカーの開発会議をするときののようなものなのだ。アートフォトの作家は、メーカーと同じ。プロダクトなのだ。開発会議の時の、最初のブレインストーミングを考えてもらいたい。これが、ステイトメントの添削や、内部での発表と同じなのだ。このとき、一番立場が強い人である上司、仮にこれが作家本人だとしよう。メインの上司が自分の意見を言って最初にまとめてしまっては、おそらく大した会議にはならない。それ以上発展しないからだ。最初は立場の弱い人などの馬鹿げているように思える意見ほどいいのだ。その馬鹿げた意見が化学反応を起こして、新たなものを生み出していく。添削者や自分より初心者に、ちょっと、意に反することを言われて冗談じゃないという人もいるのだが、結果は大して物になっていない。むしろ、色々な意見をいかにたくさん取り入れて、オンリーワンの思想を作っていくかを考えたほうがいい。自分が考えてものは大体が自身の過去の既定路線の延長、自分が知っている世界だけではないことをどんどん取り入れるのがいい。添削は日本の写真家には大事だし、取り入れたほうがいいと思う。海外ではアーティストステイトメントだけを大学で教えているほど。マスター・オブ・ファインアート(Master of Fine Art)という学位での立派な学問なのだ。

ロシアのクラスナダールで行われたPhotovisaにて、一時間半の講演開始。一時間半、英語で自分の思想を語る。これがハードルが高かった。おかげで、何を求められるのか、よく学べた。

そしてアーティストステイトメントは、ボリュームの変化にも耐えられるものでないといけない。Photoreviewではステイトメントは一言で説明することもできることも必要だし、A4一枚ぐらいのボリュームで説明する時必要もあるのだが、海外のフォトフェスティバルなどの招待作家になると必ずと言っていいほど講演を求められる。これは大体が1時間とか1時間半とかだ。一時間話せる思想かどうか、考えてもらったほうがいい。

次にビジュアル。スタートするにあたり、自分が撮影してきた自分の好きな写真をすでに持っているのだが、点数は最低でも20点。僕の印象だが、マックスで100点ぐらいがワンプロジェクトとしてまとまっているといいように思われる。今も、モスクワの美術館と個展の打ち合わせしている。数カ所の美術館を個展として巡回展をやるのだが、展示作品数は80点ぐらいなのだが、提示を求められているサムネールは300点を超える。この中から彼らが選ぶのだ。それが無理だという場合でも50点ぐらいにはまとめたい。

次に、ホームページ。これは、単純に写真が並んでいればいいというもではない。同じ価値観を共有する人が写真を見せ合って楽しむような趣味の世界ではないので、美術館が必要とするする要件が入っているかも大事だ。
どうオーディエンスに訴えるか。また、具体的な作業がはじまると、ファイルナンバーやプリントサイズ、イメージサイズ。エディションやその他の情報なのだが、どんどん出てくる。「 Sign on verso 」といわれて、いったい何人の日本の写真家が分かるだろう。飾り方も含めてちゃんと提案ができているだろうか。これらも、美術館とやりとりするようになるまで知らなかったので、後から作り変えて大変だった。最初から教えてくれたらよかったのだが、僕の場合聞く人がいなかったので、トライアンドエラーを繰り返している。

現代はホームページの役割は非常に大きい。吉田氏のホームページ( https://shigeruyoshida.tokyo/ )ではギャラリストやキュレーターらが必要とする要素がしっかり掲載されている。

またホームページは、Googleが推奨していることもあり、レスポンシブデザインを取り入れてものがいい。海外に出るとわかるのだが、現場ということで重要な人物が携帯端末で作品を見ているということも多いのだ。レスポンシブなWebサイトなら見る画面サイズにに最適化して写真などを見せることができる。将来、デバイスが変わってもサイズの指示を入れ替えるだけなので対応できるはずだ。
また、色空間もネットの世界はsRGBでいいというのも徐々に変わりつつある。多くのキュレターが使っているiPhoneの色空間は、iPhone 7や8ではDCI-P3だ。色空間はだいぶ広い。白色点の色温度も7200K。sRGBの画像を貼り付けたページを携帯で見れば間違いなく派手に見えてしまう。絵柄によるが、作品によっては困るものもあるはずだ。さらに個人の好き嫌いとは別に、テレビの世界は4Kがどんどん進出して、利用する色空間が変化しつつある。BT2020などが広まる可能性だってないとは言い切れない。今後、同じ写真でも色空間を変更してファイルを入れかえてもいいよう、対応できるようにリンクのファイルナンバーなど工夫しておくこともいいと思う。

コンタクトインフォメーション。これは、EmailアドレスやFacebookのメッセンジャーでいい。何度も、海外とやりとりしていて、実は僕は自分の住所を使ったことが一度もない。プリントを送るのは僕で、必要なのは相手の住所だからだ。海外からは、まずメールだけだ。
そしてフォトレビューの時は、ざっくりと作品を見せるのに、コンタクトシートはあるといいと思う。
日本人がよく持っている名刺は、あまり良くないと思う。しっかりとデザインした、ポストカードやパンフレットはやはり後から考えても効果的だし、良い印象を与える。

 

成功のために必要なこと:

最後に、成功するためにはどうすればいいかを考えて行きたい。まだ、道半ばの僕が言うのも変だが、経験値としてこう考えたというものなのでご容赦願いたい。もう何年も自分でも海外とトライアンドエラーを繰り返してきているし、SAMURAI FOTOのメンバー、あるいは海外にアプローチする写真家も見てきている。その上での感想だが、一番難しいのは実は続けることだと思う。だいたいは、最初のプロジェクトを作り、次のプロジェクトが作れない人が多い。なんだかんだといいながらやめてしまう。別に一つしかないことがダメとは言わないが、少し説明すると、僕が契約しているギャラリーも顧客に僕の写真をある程度売って(売り切って)しまえば、そこで動きは止まる。写真家は製品を作るメーカーと同じで、新製品がないと、そこのマーケットではそれ以上は売れない。プライマリーマーケットでは当たり前のことだ。
二つめのプロジェクトがだいたいは作れない。50年間富士山撮ってますというのは、別に写真家として問題ないのだが、海外のギャラリーが持っている特定の顧客が、富士山大好きで50年間買い続けるだろうか。車のメーカーに例えると、何十年も同じ車を売り続けているメーカーがあるだろうか。アートは常に新しい提案を求めているのだ。コツコツ続ける、常に新たなものを探し続け、作り続ける。当たり前といえば当たり前の事ともいえる。

USAのサンディエゴ写真美術館の館長、デボラ・クロチカさん。日本でも一度写真を見てもらっていたが、Photovisaで再開。そのご、美術館とは関係を深めている。

次に、海外とやりとりしはじめると、その作品が面白いと感じてくれたキューレターやギャラリストは「Keep in touch」とよく言ってくる。やりとり続けましょうねと言ったところだが、これが日本人ができない。フォトレビューで会ったキーになる人物は大体は2年先ぐらいまで、抱えている写真展やフェスティバル案件の参加作家リストが決まっている。かなり先まで見通しは立てているのだ。そのキャスティングボードに入ったとしてもその関係を維持するように、情報を送り続けないといけない。仮にだが、年に2回でも4回でもいい。魅力的な提案を送り続けるとなるとこれは大変な作業だ。だいたいが自分の状況がそれほど変わっていなくて、新たに伝えることがない場合が多い。いつの間にか、それらの人脈を失うことになる。人脈を得るまではそんなに簡単ではないので、それを失うことは払う代償が大きいように思う。

当たり前だが、英語は必須。ここ一週間を考えても、東横線の電車内でロシアからきた英語のメールの返信を書いたりしていた。僕自身、自分の英語がうまいとは思っていないが避けては通れない。これも、毎日コツコツやる必要がある。話すことも、書くことも、読むこともどれも必要だ。今は、スカイプでやる英会話で自宅にいても、安価に勉強できるのだから、その気になればすぐにそれなりの上達はするだろう。

一言で海外といっても、ギャラリーで販売することと、美術館で個展を開くこと。本を作ること。フェスティバルに呼ばれること、本の紹介されることなど目的、目標は色々だ。同じようで、実は少しづつ違う。自分の目標はどこにあるのかを考えて、無理せず、無駄せず、続けることが肝心だ。

 

早くいきたいなら、一人で行きなさい
遠くに行きたいなら、一緒に行きなさい

 

というアフリカの格言がある。教えているというより、一緒にやっているのだが、海外のアートマーケット目指して切磋琢磨しているSAMURAI FOTOというグループの運営に携わっている。今年だけでも、販売という意味では、イタリアのギャラリーのグループ展に出展したり、来年はこのギャラリーでSAMURAI FOTOだけの写真展を行いプリント販売も行う予定だ。このギャラリー近隣の、パブリックのアートセンターでのグループ展もほぼ決まりつつある。また、昨年から、台北アートフォトに出展してこちらでもプリントの販売を行なっている。

 

SAMURAI FOTOメンバーとともに台北アートフォトに出展。好評を得た。

文化交流の意味では、この春にはロシアのNovosibirskの美術館でのグループ展など、ロシアの美術館を中心に、展開する予定だ。また、USAのサンディエゴ写真美術館のオークションにも参加する予定でいる。遠くへ行くために一緒に頑張っているのだ。
グループとしては、やっと、アートマーケットのルールを覚えて歩き出したぐらいだが、メンバー間で情報共有するので、意外と確実に成果を出しつつあるように思う。ステイトメントの添削や英訳もある程度システマチックにできるようになってきたし、関係ができてギャラリーとのやりとりのフォローなど行なっている。ゼロを1に変えるのは大変だが、1になってしまってからは、おそらく別の要素が求められのだと思う。

 

SAMURAI FOTOではメンバー間で情報を共有しながら世界へ挑戦しつづけている URL= https://samurai-foto.jp/

 

これらのアクティビティの目的は、フォトアートのジャンルで社会に貢献できるように努力するだと思う。この動きの中には販売も含む。普通の写真学校や写真クラブとはだいぶ毛色が違う。十年後、二十年後に多くの架け橋がかけられるといいかと思っている。
日本の写真界ではなく、世界で通用するようになりたいと考えられる方は、ぜひ参加されるといい。ご自身の作品が誰に対して、何をもたらすものなのかをじっくり考えるのにいい機会になるだろう。

世界のフォトアートマーケットへ-1:写真家 吉田 繁
写真家:吉田 繁 日本では馴染みが薄いかもしれないが、2回に分けてフォトアートの話をしたいと思う。 いったいフォトアートの世界ではどんな写真が展開していて、何が求められているのだろうか。日本人としての関わりを述べていきたい。 パリフォト、そ...
吉田 繁 (よしだしげる・Shigeru Yoshida ):
東京生まれ。日本大学経済学部卒。広告・PR 誌・雑誌など撮影をするかたわら作品を制作。「アンコール ワット」、「祈りの境界」、「記憶の谷」、「妖怪の国」など多くの作品を発表している。海外のフォトレビューを受け、海外のギャラリーでの作品販売に力を入れているほか、SAMURAI FOTOのディレクターとしてメンバーをリードしている。日本写真家協会会員。SAMURAI FOTO ディレクター。

Web= https://shigeruyoshida.tokyo/

SAMURAI FOTO= http://samurai-foto.jp/

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